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Archive #43

以前 Archive #13 でこの曲(My Old Piano)に関してボーカルトラックが見つからないと書いたのですが、なんと見つかりました。見つからなかった理由は、あまりにも録音クオリティが悪くCUBASEのボツテイクを集めたファイルに存在しました。

ボーカルはSakai君で、セッションで使ったボーカルマイクSM58かなにかを握りながら歌ってた記憶がある。さらに、ガイドで入れてあった下手くそな小生の仮歌トラックを聴きながら歌っているので、かなり雑音も入っている状態でした。

iZotope RX7というノイズを軽減するソフトを導入して、なんとか聴けるところまでリファインできたのでリミックスしてsoundcloudにアップしました。(それでも、まだ雑音が残っていますが。。)

まだ、満足はいかないので、いずれ録り直してみたいトラックの一つです。

歌詞は小生が担当したようで、これも情けない三文失恋ソングだが、古びたバーで酔いどれピアニストが歌うという一応状況設定はできている。

Archive #42 ”Europa” Santana Cover

あけましておめでとうございます。

昨年末、久しぶりにLEEくんがスタジオに遊びに来てくれた。このArchiveページに掲出している多くのトラックが彼との共作であることもあり、今後のリミックスやリマスター、はたまた新作への協力を要請し快諾してくれた。

そもそもLEEくんとは2008年から12年の5年間の間にStudio6070と名乗り数多くのカバー曲を録音し、2枚のアルバムを制作した。またアンプの音量を上げすぎてホテルの電源を飛ばしたこともあった会社の忘年会出演から、アメリカ大使館の人たちとライブハウスを借りて催したステージまで何にもない北京の余暇をおじさんバンドで楽しませてもらった。改めて紹介するとBlues Lee(太極拳をやることからブルースリーを名乗ったが、あのブルースリーはBruceだが、Leeくんのブルース好きからBluesとした)はエレキ、アコーステックギターとボーカルを担当。Cream時代のClaptonの”Crossroads” ギターソロを完全制覇している凄腕の持ち主である。そろそろ本名でもよいということで、これからとりあえず K.Sakaiとクレジットすることにした。

ということで新年早々、Studio6070カバー集 Vol.1から Santana のヨーロッパをアーカイブとして取り上げた。”Europa” は多くのバージョンを録音したが、年末新たにピアノ、アコーディオンとハモンドB3の音を追加してTexMexバージョンとしてリミックス、そしてリマスターしてみた。かなり不思議な楽曲となったと思う。

追記)

今回新たに追加したトラックだけを追加します。TEXMEXピアノともともとのSakaiくんのギタートラックをあわせるBPM調整に苦労した。まだ満足いくものではないがお正月ということで。。

Archive #36

昭和40年代のエレキ小僧なら誰しもが通るバンドベンチャーズ。みんなお手本としてこのバンドの楽曲をコピーした。一見弾けそうで、ところがどっこい結構難しいのがこのバンドの曲。それから社会人になり、3つのバンドのベーシストとしてライブを経験していずれもベンチャーズでコケたほろ苦い思い出がある。

前にも紹介したスタジオのリミックスコンテストでも見事にブービー賞を獲得したのが同じくベンチャーズのこの曲だった。あまりに悔しかったので「10番街の殺人」を取り上げて再度臨んだが、選考会にも取り上げてもらえなかった。それ以来ベンチャーズは聴いていない。

Archive #33  断捨離シリーズ(5)

断捨離と称して正体不明の古い箱を引っ掻き回していたら、当時のOHIO大学の学生新聞(The Post)に包まれるように1976年春にAthensで買った電卓が出てきた。電池を入れてみたら点灯して計算もできた。なんか感動した。ああ、また捨てられないものが出てきたよ〜。

さらに涙腺を熱くしたのは、背面をみるとMade in Japanとある。そうだよね。産業立国を目指して日本は頑張ってたんだよね。1976年9月に毛沢東が亡くなり、その後中国は近代化への道を恐ろしいスピードで歩み始める。で、その約10年後にアメリカで日本製ラジカセがボコボコにされることとなる。この程度を歴史とは言えないだろうが、「断捨離」感慨深い。

追記(というか余談) 上の写真にWendy’sの広告が見える。1976年の4年後にこのハンバーガーの日本市場の担当営業となる。その研修で当時Wendy’s社の本社があったコロンバス(オハイオの首都でAthensから車で2時間弱ほど)に研修で出張し、日本に戻った1年後にまたAthensを訪れることとなる。なにが辛かったかと言うと、一号店(銀座)ができるまで、毎週のように新商品開発の試食会に立ち合いがあったこと。美味いも不味いも食べまくり、シュリンプバーガーの導入が決定したときは、ハンバーガー地獄から脱出できると本当に喜んだ。

Archive #31

2017年6月27日、「ちょっと永眠してくるね」と言い残してTOTOは旅立った。その頃を境に、鳥だとか川や海といったフィールドの音を録って、それらを断片的に脈絡もなくトラック化していくというスタイルの楽曲が多くなってきた。

あるとき、どうしてもTOTOの存在感がある楽曲を残したくてTOTOの鳴き声を探しに探した。TOTOは陽気だが、あまり声をだしたり、ましては吠えたりしないワンコだったので苦労した。結局、bacchanのiphoneの中にひとつだけ見つかったのでデモ曲を作った。

完成度がイマイチだが雰囲気はあると思う。その後、aoがリミックスしてくれたsoundcloudのトラックoto-to-toto-to-bacchanの人物紹介に掲載している。TOTO永眠週間としてのbacchanの企画である。

あれから4年、ものすごいスピードで時間が過ぎて行く。