Archive #30 “The Rain”

Archive #21 でこの曲のデモ版を取り上げた。いずれ完成版のThe Rainをお聴かせしますといいつつ、実を言うとボーカルのミックスがしっくりとこないまま放置していていた。。ボーカル録りやボーカルと演奏トラックとのミックスは当時からほんと下手くそで、同じようにしまっちゃった曲が結構ある。ここは一念発起してボーカルのミックスの練習をしようと、この曲を少しずつリファインしてきた。最近、ようやくボーカルミックスのコツが分かってきたような気がする。

そもそもこの曲の歌入れにも思い出がある。まだ完成していない歌詞の断片を書いた僕のメモ用紙をかっさらってLEEくんが、ダイナミックマイク片手にアドリブ的に歌い始めたものを録音した。まだ、意味不明な内容なので、いずれはちゃんと作詞して欲しいと思う。

いずれ、また、のためにカラオケバージョンも掲載しておくことにする。

件のメモ用紙、、(ジョンレノンの残した歌詞メモのようにいつかオークションにかかったりして。。ないない。)

Archive #29 断捨離アーカイブシリーズ(3)

テープ断捨離作業が続いている。今のままでは多分終わらないと思う。なぜなら、捨てる前に聴いているからだ。デジタルデータのように、聴きたいパートを瞬時に再生できないのでフォワード、ストップ、再生を繰り返してい判断している。でも、なんか楽しい。嬉し恥ずかし音が満載である。

この音源は60分テープ片面いっぱいに一曲を作るための録音素材がつまっていた。自分でいい加減に作詞した歌もうたっている。平成13年6月20日午前2時半TAKE8とかいう声も入っている。ちょうど20年前に、たぶん、サンプリングの音源を寄せ集めて、なんかのデモテープを作っていたらしい。特に、聴いていて思い出せないのが、ピアノの音源だ。拍のズレなど妙にリアルだし、打鍵感も生々しい。いったい、どうやってこんな素晴らしいブルースピアノを録ったのか謎である。

ピアノ音源

間奏フル

ああ、仕事があるっちうのに夜更けも夜更けに、こんなことしていたんだと感慨に耽っている。

Archive #28 断捨離アーカイブシリーズ(2) 

断捨離進行中。とうとうカセットテープに手をつけてしまった。1968年ごろから1980年くらいまでのエアチェックテープが結構な量ある。レコードかCDと同じものはポイすることにしたが、中には貴重な録音もある。写真は、1973年のサンタナ東京公演にカセットを持ち込んで録ったもの。ブートレグ海賊行為にはちょう厳しかった時代(いまでも)、今から50年も前の音、聞いてみたくなるのが人情じゃないですか。ところが、テープの劣化が激しく、プレーヤーの中でテープがぐちゃぐちゃに絡まってしまい、聴くどころではない。若い頃なら、鋏とピンセットとスプライシングテープで繋ぎなおしただろうが、この老眼と手先の不確かさ、ぐちゃぐちゃになったテープを袋に入れてしまってしまった。いつか修復するつもりなのか?これが断捨離なのか?思い出の一品の顛末である。

Archive #27 From the Marriott Tape 「六本木心中」

このデモセッションのファイルの年月日を見ると2009年7月とある。ということは、Marriott 以前住んでいたCCTV近くの北京嘉里中心という公寓での録音ということになる。寝室にPC/Audio Interfaceとヘッドフォーンを持ち込んでの録音、まさにベッドルームDTMという感じ。この当時使っていたDAWが今はもう使っていないSSWとSONAR。多くのファイルを残しているがいかんせん復元が難しいので、WAVやMP3が残っているものだけ取り上げていきたい。しかし、こんな曲で遊んでいたことはすっかり忘れていた。この曲もボーカロイドに歌わせようとしたらしいが、あまり情感がだせないので諦めたことを思いだした。

1984年アンルイスの大ヒット曲。  

当時、新橋第一ホテル横にあった「徳寿」というバー(カラオケのはしり)に入り浸っていた時期、まさにこの曲は大ヒットしていて、毎晩客の誰かが歌っていた。この店でしこたま飲んだあと、新橋駅近くの中華料理店(店名忘れた)に寄って終電まで飲み食いしていたっけ。で、当時の僕は80kg近くまで体重が増えていて医者から厳重注意を受けていた。なんか話がそうとうズレた。

Archive #026  断捨離アーカイブシリーズ開始

断捨離は難しい。いざ捨てるという行為に及ぶとき、思いも掛けなかったもの達と再会する。そいつたちと過ごした時間を懐かしく思い時間が過ぎる。ほかにも何か出てこないかなと、きちんと仕舞われていたものを手当たり次第に引っ張り出す。断捨離という行為により家が前より散らかる。これって意味のあることをしているのだろうか? 

学生時代のノートブック。苦労の跡がしのばれる最終ページに必ずなんか出てくる。ノートのページは乱筆で何が書いてあるのか不明でその時々、何を学んでいたのかは思い出せないが、落書きや挟んであったものには明らかに思い出がある。

1976年から1979年まで僕はアメリカにいた。詳しく言うと、人口1万5千人くらいのオハイオの片田舎、アセンズ(日本語ではアテネ)という町にいた。人口のほとんどが学生で占めるキャンパスのある町だ。

そんな小さな町でも、全米トップ40でヒットを飛ばす多くのミュージシャンがライブを行っている。そのなかでも、LOVE is ALIVEヒットというヒット曲を放っていたGary Wrightのコンサートに行ったことを見つけたチケットの半券が物語っている。当時、日本では聴いたことがなかったミュージシャンだったが、このライブには衝撃を受けたことを思い出した。音が半端なくでかい。耳が痛いくらい。だが、ボーカルの音ははっきりしていて聴き取れる。オオ、これが一流のPAというものか、と感心した記憶がある。1978年2月3日。今から、40年以上前の話である。

そういえば!DoobieもLittle Featも行ったよなっ!とまた引っ掻き回す。これを断捨離というのかぁ?。 ああ、また怒られそうだ。

参考までに

Concert Archiveというサイトでいろいろと調べていたら、10日後にオハイオの大都市クリーブランドでSantanaとEddie Moneyとコンサートを行っていることが分かった。これはすごい面子だなぁ!

Archive #25

スタジオでのセッションファイルが結構な数あるが、こいつは2015年「音と場スタジオ」でのフリー試合。メンバーは覚えていないがベースは、「すでにアバンギャルドに向かっているな!」と思わせる。

2009年北京の練習スタジオで録ったもの。当時僕らのCrossroadsはCreamの完コピを目指していた。ギターは完成形だが、ベースは中盤から怪しくなる。以来、完コピはやめた。上達しないわけである。

上達しないベースはこのビデオで聴ける。

Archive #24

2016年、今から5年も前に即興でこの曲と歌詞を作った。なんとなく今のこのコロナ禍を想像させるのに驚きながら、この10日ほどリミックスとMV作りに没頭してしまった。この歌詞をさらっと唄ってしまったK.S.氏(別名blues lee君)はギターだけでなく歌もすごいんだと改めて感心している。歌詞も変だが、途中拍数が足りなかったりして、構造そのものもへんてこりんだ。そういえば、当時King Crimsonばかり聴いていたことを思い出した。

(追記)朝日夕刊の素粒子を毎日読んでは復誦ている。次の曲作りのために。この年齢まで生きてこれたことに感謝しつつ、もっといろいろなことを声を大にして批判してもよいという気持ちになっている。

Archive #23

 スタジオができた時に機材やプラグインのチェックのためと称して、とにかくいろいろな実験というか遊びをしていた。そんな録音DATAが腐るほど残っているのだが、これには笑ってしまったのでArchiveにて取り上げることにした。そういえば、ユニークなプラグインをいろいろと開発しているドイツのSugar Bytes、とくにLooperatorよく使ったっけ!!で、このチョッパーを弾いていたのは誰だったっけ?? 

Archive #22

oto-to-totoの最新お散歩ビデオのBGMのオリジナルトラックがこのトラック。作成した時期が不明だが、かなり寄せ集めた音源を無理矢理くっつけたようなことを覚えている。冒頭のセミは湯河原に引っ越して庭で録り溜めていたフィールドレコーディングをマスターに加えたのだと思う。セミ以外は台湾と中国で使っていたSinger Song WriterというDAWで作ったものらしいのだが、ソフトをもう所有していないのでトラックを分解して聴くことはできない。このトラックはマスターで書き出したらしいMP3に手を加えた。仮タイトルにThe End of Summer Loveとあったが、bacchanに「ダさっ!」と言われてしまった。

Archive #21

2015年〜16年ごろ、ジャンルに囚われずにいろいろな曲を作っていた。その頃のデモや結構な数の完成曲がHDに残っていることは前にも伝えたが、このデモは特に印象に残っている。多分、今につながるフィールド録音の音を積極的に取り入れるきっかけになったからだ。さらにドラムの打ち込みがかなり上達していることと、ギターのカッティングもうまく打ち込んでいるのには今聴いて我なが驚いている。後に「Rain」という曲に生まれ変わるのだが、それはそれで結構GOOなのでまたアーカイブで取り上げたい。